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Vol.05 ゼロトラスト時代のセキュリティ〜ゼロトラストへの移行ロードマップ〜

  • 執筆者の写真: atsu wada
    atsu wada
  • 6月12日
  • 読了時間: 12分
ゼロトラスト移行ロードマップを進む男性


この記事であなたがやるべきこと


後述する「ゼロトラスト移行の4つのステップ」を理解して、

自社の現状に合った移行計画を策定し、

実際にゼロトラストセキュリティの導入を開始できるようになること。




はじめに

ゼロトラスト移行について何をすれば良いか悩む女性

「ゼロトラストが重要なのは分かったけど、実際にどこから手をつければいいの?」

「アイデンティティ管理、マイクロセグメンテーション、エンドポイント保護…全部一度にやるのは無理だよ」


これまでのVol.01からVol.04で、ゼロトラストの基本概念(Vol.01)、ID管理(Vol.02)、ネットワーク分割(Vol.03)、エンドポイント保護(Vol.04)について個別に解説してきました。しかし、「理論は分かったけど、実際の導入はどう進めればいいのか」という疑問を持たれた方も多いのではないでしょうか。


ゼロトラストは「一気に実現するもの」ではありません。現在のシステムを活かしながら、段階的に移行していくのが現実的なアプローチです。完璧を目指すより、まずは「今より安全な状態」を作り、継続的に改善していくことが重要です。


本記事では、これまでの内容を統合し、実際にゼロトラストに移行するための具体的な手順と実践的な方法を解説します。




なぜ段階的な移行が必要なのか

ゼロトラスト移行を一気に実行する人と段階的に実行する人の対比図


「一気に全部やる」方式の落とし穴

ITプロジェクトでよくある失敗が「全部まとめて一気にやる」方式です。これは全システムを一度に新しい仕組みに置き換える方法ですが、ゼロトラストでは特に危険です。


なぜなら、ゼロトラストは技術だけでなく、組織の考え方や業務のやり方も変える必要があるからです。一度にすべてを変えようとすると、以下のような問題が起こります。


業務が止まってしまうリスクが高くなります。従来のシステムと新しいシステムの両方が動かなくなる可能性があるからです。また、従業員が新しいシステムに慣れるまで仕事の効率が大幅に低下し、予想以上の時間とお金がかかることがほとんどです。


さらに重要なのは、問題が発生した時の影響が大きすぎることです。一箇所で問題が起きると、全体が影響を受けてしまいます。



段階的移行のメリット

一方、段階的にゼロトラストに移行することで、以下のメリットがあります。


各段階で効果を実感でき、次のステップへのやる気が維持できます。問題が発生しても影響範囲が限定的で、対処しやすくなります。また、各段階で得られた経験とノウハウを次の段階に活かすことができ、従業員も徐々に新しいやり方に慣れることができます。


投資も分散できるため、予算計画が立てやすく、効果も段階的に確認できます。




ゼロトラスト移行の4つのステップ

ゼロトラスト移行を4ステップでこなす人


ステップ1:現状把握と基盤作り(1〜3ヶ月)

このステップでやること

ゼロトラスト移行の土台を作るステップです。現在のセキュリティ状況を正確に把握し、最低限必要な基盤を整備します。


具体的な作業

まず、会社の資産を整理します。社内にどんなシステム、PC、データがあるかを把握してください。意外に「知らないシステム」「管理されていないPC」があることが多いです。


次に、現在のセキュリティ対策をチェックします。ウイルス対策ソフトの導入状況、アクセス制御の仕組み、バックアップの状況などを確認してください。


そして、ゼロトラストの基本となるID管理を強化します。多要素認証をまずは管理者アカウントから導入し、パスワードのルールを見直してください。Microsoft 365やGoogle Workspaceを使っている場合は、標準の多要素認証機能をすぐに有効にできます。


最後に、基本的なPC保護を確実にします。全PCのウイルス対策ソフトが最新状態になっているか、自動アップデートが有効になっているかを確認してください。


このステップが完了した状態

  • 全資産(PC、サーバー、アプリ)の一覧が完成している

  • 管理者アカウントで多要素認証が100%導入されている

  • 全PCで基本的なセキュリティ対策が有効になっている



ステップ2:ID中心の管理強化(3〜6ヶ月)

このステップでやること

ゼロトラストの核となる「ID中心のセキュリティ」を本格的に導入するステップです。


具体的な作業

クラウドでのID管理サービスを導入します。Vol.02で解説したように、Microsoft Entra ID、Okta、OneLoginなどから自社に適したものを選択してください。既にMicrosoft 365やGoogle Workspaceを使っている場合は、それらの機能拡張から始めるのが現実的です。


シングルサインオンを主要なアプリに展開します。まずは利用頻度の高い3〜5個のアプリから始め、徐々に拡大してください。


条件に応じたアクセス制御を設定します。「社外からのアクセスは必ず多要素認証」「管理者権限での操作は特定のPCからのみ」といったルールを設定します。


そして、全従業員に多要素認証を展開します。段階的に部署ごとに導入し、サポート体制を整えながら進めてください。


このステップが完了した状態

  • 主要なアプリ(5個以上)でシングルサインオンが利用できている

  • 全従業員で多要素認証が導入されている

  • 状況に応じたアクセス制御のルールが設定・運用されている



ステップ3:ネットワーク分割と監視強化(6〜12ヶ月)

このステップでやること

Vol.03で解説したネットワーク分割とVol.04のPC保護を本格導入するステップです。


具体的な作業

まず、ネットワークの見える化を行います。現在のネットワーク通信パターンを把握し、「どのシステムが何と通信しているか」を明確にしてください。


細かなネットワーク分割を段階的に導入します。重要度の高いシステム(顧客データベース、会計システムなど)から開始し、必要最小限の通信のみを許可するルールを設定します。


PC監視・対応システムを導入します。Vol.04で解説したように、まずは現在のウイルス対策ソフトのメーカーに相談するか、新しい監視システムの導入を検討してください。


PC管理を強化します。全PCの健康状態を監視し、セキュリティ要件を満たさないPCのアクセスを制限する仕組みを構築します。


このステップが完了した状態

  • 重要システムが細かなネットワーク分割で保護されている

  • PC監視システムが主要PCに導入され、24時間監視体制が構築されている

  • PCの健康状態チェックが自動化されている



ステップ4:統合と最適化(12ヶ月以降)

このステップでやること 

これまでに導入した各要素を統合し、真のゼロトラストを完成させるステップです。


具体的な作業

セキュリティ情報統合システムを導入し、全セキュリティツールからの情報をまとめます。これにより、包括的な脅威検知と対応が可能になります。


アプリ単位でのアクセス制御システムを導入し、従来のVPNから移行します。アプリケーション単位でのアクセス制御を実現してください。


自動化を推進します。脅威検知から対応まで、可能な限り自動化し、セキュリティ運用の効率化を図ります。


継続的なセキュリティ改善の仕組みを確立します。定期的なリスク評価、脅威情報の収集・分析、ルールの見直しを組織的に行う体制を作ります。


このステップが完了した状態

  • 全セキュリティツールが統合され、一元的な監視・対応ができている

  • VPNからアプリ単位アクセス制御への移行が完了している

  • セキュリティ問題の検知・対応が大幅に自動化されている




移行時によくある困りごとと解決方法

ゼロトラスト移行について悩む人とそれを解決した人の対比


困りごと1:経営層の理解と予算確保

よくある問題

「ゼロトラストの必要性を経営層に理解してもらえない」「予算が承認されない」


解決方法

ビジネスへの影響の観点で説明することが重要です。技術的な詳細ではなく、「サイバー攻撃を受けた場合の事業への影響」「法令違反のリスク」「競合他社との差別化」といった視点で説明してください。

また、段階的な投資計画を示し、各ステップでの効果を明確にすることも効果的です。



困りごと2:従業員の反発

よくある問題 

「多要素認証が面倒」「新しいシステムが使いにくい」といった従業員からの不満


解決方法 

変更の理由と利益を丁寧に説明し、十分な説明とサポートを提供してください。また、使いやすさを重視し、可能な限り便利さを保ちながらセキュリティを向上させる方法を選択することが重要です。

段階的な導入により、従業員が徐々に慣れる時間を確保することも大切です。



困りごと3:技術的な複雑さ

よくある問題

「システム間の連携が複雑」「既存システムとの相性に問題がある」


解決方法

最初から完璧を目指さず、現在動いているシステムを尊重しながら、段階的に改善していく方法を取ってください。

また、メーカーや外部の専門家の支援を積極的に活用し、社内だけで解決しようとしないことも重要です。



困りごと4:スキルと人材の不足

よくある問題

「ゼロトラストの専門知識を持つ人材がいない」「運用体制が構築できない」


解決方法

社内人材の育成と外部の力の活用を組み合わせてください。専門業者のサービスを活用することで、専門的な監視・運用を外部に委託することも可能です。

また、メーカーの提供する研修プログラムを活用し、社内のスキルアップを図ることも重要です。



成功する移行のための5つのコツ

  • 現実的な計画を立てる

    理想を追求しすぎず、現在の人員と予算を考慮した現実的な計画を立ててください。小さな成功を積み重ねることが、長期的な成功につながります。


  • 各段階で価値を示す

    各ステップで明確な価値(セキュリティ向上、業務効率化、コスト削減など)を提供し、関係者の支持を維持してください。


  • 人と組織の変化を重視する

    技術的な側面だけでなく、組織や人の変化にも十分な注意を払ってください。コミュニケーション、研修、サポートが成功の鍵です。


  • 継続的な改善を前提にする

    ゼロトラストは「一度構築すれば終わり」ではありません。脅威の変化や事業の成長に合わせて、継続的に改善していく前提で取り組んでください。


  • 外部の専門家を活用する

    社内だけで完結させようとせず、メーカーや専門コンサルタントの知見を積極的に活用してください。特に初期段階では、外部の専門家のサポートが重要です。


リスクレベルに応じた認証例

  • 低リスク:通常環境からの通常アクセス → パスワードのみ

  • 中リスク:未知の場所や時間帯 → パスワード + MFA

  • 高リスク:異常な行動パターン → 厳格なMFA + 追加確認


リスクベース認証を導入することで、セキュリティと利便性のバランスを取ることができます。




今日から始める!ゼロトラスト移行の第一歩

ゼロトラスト移行への第一歩を踏み出す男の子


今週中にやること

1. 現状のセキュリティチェック(1時間)

  • 管理者アカウントで多要素認証が有効になっているかチェック

  • 全PCでウイルス対策ソフトが動いているかチェック

  • 主要なシステムのアクセス権限が適切に設定されているかチェック


2. 会社の資産を整理(2時間)

  • 会社で使っているシステム・アプリのリストアップ

  • PCとスマートフォンの台数と管理状況の確認

  • 重要なデータがどこに保存されているかの確認



今月中にやること

3. クラウドID管理の調査(半日)

  • 現在使っているシステムのID管理機能を調査

  • Microsoft 365やGoogle Workspaceを使っている場合は、拡張機能をチェック

  • 他社のID管理サービスも簡単に比較


4. 小規模テストの企画(1日)

  • まずは小規模(10〜20人程度)でゼロトラストの要素を試験導入

  • IT部門や特定の部署から開始することを検討

  • 3ヶ月程度の短期間で効果を確認できる範囲を設定



3ヶ月以内にやること

5. ステップ1の実行

  • 上記で計画した小規模テストを実行

  • 多要素認証の本格導入

  • PC保護の強化


6. 次のステップの計画

  • 小規模テストの結果を踏まえたステップ2の計画策定

  • 予算と人材の確保

  • 本格展開のスケジュール調整




よくある疑問・注意点

ゼロトラスト移行に関する疑問点


Q1: 小規模な会社でもゼロトラストは必要ですか?

A: 企業規模に関わらず、現代の脅威から身を守るためにはゼロトラストの考え方が重要です。ただし、実装方法は規模に応じて調整できます。


小規模企業の場合は、クラウドサービスの標準機能を最大限活用し、外部の専門サービスを組み合わせることで、少ない投資でゼロトラストの恩恵を受けることができます。完璧を目指すより、「今より確実に安全な状態」を作ることから始めてください。



Q2: 移行にはどのくらいの期間と費用がかかりますか?

A: 組織の規模や現在のセキュリティ状況によって大きく異なりますが、一般的な目安は以下の通りです。


小規模企業(50人以下)では6〜12ヶ月、数百万円から数千万円程度。中規模企業(500人以下)では12〜18ヶ月、数千万円から1億円程度。大規模企業(500人以上)では18〜36ヶ月、1億円以上となることが多いです。


重要なのは、一度にすべてを投資するのではなく、段階的に投資し、各段階で効果を確認しながら進めることです。



Q3: 既存のセキュリティ投資は無駄になりますか?

A: 基本的には既存の投資を活かしながらゼロトラストに移行できます。例えば、現在のファイアウォールやウイルス対策ソフトは、ゼロトラスト環境でも重要な役割を果たします。


ただし、一部の古いシステムや古いセキュリティツールは、将来的に置き換えが必要になる可能性があります。移行計画を立てる際は、既存投資の活用方法と将来の置き換え計画を併せて検討してください。



Q4: ゼロトラスト移行中にセキュリティが弱くなりませんか?

A: 適切に計画された移行であれば、むしろ段階的にセキュリティが強化されていきます。各ステップで新しいセキュリティ機能を追加しながら、既存の防御は維持するからです。


ただし、設定ミスや運用ミスがあると一時的にセキュリティに穴が生じる可能性があります。そのため、各段階で十分なテストを行い、問題があれば即座に対処できる体制を整えることが重要です。




まとめ:ゼロトラストは継続的な取り組み

ゼロトラスト移行の継続的な取り組み

ゼロトラストへの移行は、「プロジェクト」ではなく「継続的な取り組み」です。完璧なゼロトラスト環境を一度に構築することは不可能であり、必要でもありません。


重要なのは、現在の状況を正確に把握し、段階的に改善していくことです。小さな一歩でも、確実に前進していれば、数年後には大きな変化を実感できるはずです。


今回のシリーズのまとめ

Vol.01では、ゼロトラストの基本概念と「何も信頼せず、常に検証する」という考え方を学びました。Vol.02では、ID管理の重要性とクラウドID管理サービス導入の実践方法を理解しました。Vol.03では、細かなネットワーク分割によるネットワーク保護の強化を学び、Vol.04では、PC保護の現代的な方法を把握しました。

そして今回のVol.05で、これらすべてを統合した実践的な移行手順を提供しました。


ゼロトラストは決して「夢の技術」や「未来の話」ではありません。今日から始められる、現実的で実用的なセキュリティの方法です。完璧を目指すのではなく、継続的な改善を通じて、より安全で効率的な組織を作り上げていきましょう。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。皆さんの組織がより安全で、より生産的になることを願っています!

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