Vol.10 もしもインシデントが発生したら?エンジニアのための緊急対応入門
- atsu wada
- 4月7日
- 読了時間: 11分
更新日:4月14日

この記事であなたがやるべきこと
セキュリティインシデント発生時にエンジニアが取るべき「初動」の重要性を理解する
インシデント対応の基本的な流れ(検知→報告→分析→対応→事後処理)を把握する
「やってはいけないこと」を認識し、冷静に対応するための心構えを持つ
はじめに

システム開発や運用に携わっていれば、「セキュリティインシデント」という言葉を耳にする機会は少なくないでしょう。不正アクセス、マルウェア感染、情報漏洩など、ニュースで見るような出来事が、いつ自分の担当するシステムで起こらないとも限りません。
「インシデント対応はセキュリティ専門チームの仕事でしょ?」
「自分は開発担当だから、運用中のトラブルは関係ないかな…」
もし、そう思っているとしたら、少し考えを改めてみてください。いざインシデントが発生した時、システムの内部構造を最もよく理解しているエンジニアの協力は不可欠です。その初動対応が、被害の拡大を防ぎ、迅速な復旧を実現する鍵となります。
この記事では、「もしも」の時に備えて、エンジニア、特にインシデント対応経験の少ない方が知っておくべき基本ステップと心構えを入門編として解説していきます。
セキュリティインシデントとは?
なぜエンジニアにも対応知識が必要なのか
インシデントの定義とよくある例
セキュリティインシデントとは、「情報セキュリティを脅かす好ましくない出来事」全般を指します。
代表的な例としては:
不正アクセス: 権限のない第三者がシステムやデータに侵入
マルウェア感染: ウイルスやランサムウェアへの感染
サービス妨害攻撃 (DoS/DDoS): システムを利用不能にする攻撃
情報漏洩: 機密情報や個人情報の流出
Webサイト改ざん: ウェブページの不正な書き換え
これらは企業にとって、金銭的損失、信用の失墜、事業継続の危機など深刻な損害をもたらします。
エンジニアが対応に関わる理由
インシデント発生時に必要となる技術的な対応には、システムを熟知したエンジニアの協力が不可欠です:
原因調査: ログ分析、脆弱性の特定、設定確認など
影響範囲特定: どのデータ・システムが影響を受けたかの特定
封じ込め・根絶: 被害拡大防止、マルウェア駆除など
復旧: システムの復元、データ復旧、動作確認
インシデント対応は時間との勝負です。エンジニアの迅速かつ的確な協力が、被害を最小限に抑え、早期復旧を実現します。逆に、知識がないまま不適切な操作をすると、証拠を消してしまったり、被害を拡大させたりするリスクがあります。
インシデント対応の主要フェーズ
フェーズ | 内容 | 主な活動 |
検知 | インシデントの兆候を発見する | システムアラート確認、ユーザー報告受付、異常ログの発見 |
初動対応 | 状況確認と報告、証拠保全 | 5W1Hの整理、上司・担当部署への報告、システム状態の維持 |
分析 | 影響範囲特定と原因調査 | ログ分析、影響システム・データの特定、攻撃経路の調査 |
封じ込め | 被害拡大防止の措置 | 感染端末の隔離、不正アカウントのロック、脆弱機能の停止 |
根絶 | 問題の原因を取り除く | マルウェア駆除、脆弱性修正、不正アカウント削除 |
復旧 | 正常状態への回復 | バックアップからの復元、システム再構築、動作確認 |
事後対応 | 報告と再発防止 | 報告書作成、原因分析、再発防止策実施、教訓の共有 |
インシデント発生! まず何をすべきか?【初動対応編】

「何かおかしい!」インシデントの兆候に気づいた時、まず何をすべきでしょうか?
Step 1: 落ち着いて状況を確認する
まず深呼吸して冷静になりましょう。インシデントの兆候には以下のようなものがあります:
システムアラート: 監視ツールの異常通知、セキュリティ警告
ユーザー報告: サイト表示不良、ログイン不能などの問い合わせ
異常な挙動: CPU/メモリ使用率の急上昇、予期せぬ再起動
不審なログ: 見慣れないIPからのアクセス、ログイン失敗の増加
これらに気づいたら、「いつから」「どのシステムで」「何が起きているか」を整理します。
Step 2: 速やかに報告・連絡・相談する
インシデント対応はチームプレーです。決して一人で抱え込まず、定められたルートで報告しましょう。
誰に報告する?: 直属の上司、チームリーダー、情報システム部門、セキュリティ担当者など
何を伝える?: 5W1Hを意識して客観的事実を伝えます
インシデント報告時の5W1Hチェックポイント
項目 | 確認内容 | チェックポイント |
When (いつ) | 時間情報 | 異常に気づいた日時 発生したと思われる日時 継続時間 |
Where (どこで) | 場所・システム | 影響を受けているシステム サーバー/アプリケーション名 環境(本番/開発/テスト) |
Who (誰が) | 関係者 | 影響を受けるユーザー 関与している可能性のある人物 通知すべき関係者 |
What (何が) | 事象・現象 | 観測された異常現象 エラーメッセージ システムの状態変化 |
Why (なぜ) | 原因・理由 | 判明している直接原因 考えられる背景 ※推測は明示する |
How (どのように) | 状況・対応 | 現在の状況 既に行った対応 継続中の対応 |
不確かな情報や憶測は避け、「調査中」と正直に伝えましょう。
Step 3: 証拠を保全する
原因究明のためには、発生時のシステム状態を示す「証拠」が重要です。
原則は現状維持: 指示があるまで、基本的にシステムの状態を変えないようにします。
特に避けるべき操作:
再起動・シャットダウン: メモリ上の情報が失われます
設定ファイルの変更: 発生時の状態が分からなくなります
ログの削除: 重要な証拠が失われます
不審ファイルの削除: 攻撃の痕跡が消えてしまいます
必要な操作を行う場合も、「いつ」「誰が」「何を」「なぜ」行ったかを詳細に記録しましょう。
状況を把握し分析する【情報収集・分析編】

影響範囲を特定する
インシデントの種類と影響範囲を見極めることが重要です:
インシデントの切り分け: 発生している事象から種類を推測
影響システムの特定: どのサーバー・アプリケーションが影響を受けているか
影響データの特定: どのデータが漏洩・改ざんされた可能性があるか
影響ユーザーの特定: どの顧客・従業員が影響を受けるか
ログ分析の基本
多くの場合、原因究明の鍵は「ログ」にあります:
確認すべきログ:
OSログ: システム起動・停止、ログイン履歴
Webサーバーログ: アクセス元IP、リクエスト内容
DBログ: データベースアクセス履歴、クエリ
アプリケーションログ: 動作記録、エラー情報
ネットワークログ: 不審な通信、ブロック履歴
分析のポイント:
インシデント発生時刻前後のログを重点確認
不審なIPやリクエスト、エラーコードをチェック
通常のパターンと比較して異常を見つける
提供すべき情報
調査結果は対応チーム全体で共有します:
調査範囲と手順
確認できた客観的事実(ログから読み取れる情報)
影響範囲の特定結果
原因に関する仮説(断定は避ける)
技術的な内容は図解や専門用語の解説を加えるなど、非技術者にも伝わるよう工夫しましょう。
インシデント対応の全体像【封じ込め・根絶・復旧編】

インシデント対応は一般的に以下のフェーズで進められます:
「封じ込め」- 被害拡大を防ぐ
目的: 被害範囲の限定、さらなる侵害の防止
例: 感染サーバーの隔離、不正アカウントのロック、脆弱機能の停止
「根絶」- 原因を取り除く
目的: 再発防止、安全な状態への準備
例: マルウェア駆除、脆弱性パッチ適用、不正アカウント削除
「復旧」- システムを元に戻す
目的: 通常業務・サービスの再開
例: バックアップからの復元、再インストール、動作確認
エンジニアはこれらのフェーズで技術的な作業を担当しますが、必ず対応チームの方針に従い、他のメンバーと連携して進めましょう。
インシデント対応中にやってはいけないこと
緊急時には以下のNG行動を絶対に避けましょう:
パニックになって場当たり的な対応をする
「とりあえず再起動」「怪しいファイルを消す」など、原因不明のまま行動すると状況悪化や証拠消失のリスクがあります。まずは冷静な状況把握と報告を優先しましょう。
証拠となるログやデータを削除・変更する
ログやシステム状態は原因究明の重要証拠です。不用意な操作による証拠改変・削除は避け、必要な操作は記録を残しましょう。
報告なしに勝手な判断で作業する
技術的な自信があっても、チームの方針を無視した独断作業は危険です。報告・連絡・相談を徹底し、指示に基づいて行動しましょう。
不確かな情報を外部に発信する
公式発表前に個人的な憶測をSNSや知人に話すことは、混乱や信用失墜を招きます。情報発信は指定担当者に一任しましょう。
インシデント後の対応【事後対応・改善編】

原因究明と再発防止策の検討
根本的な原因を徹底分析します:
技術的要因: 脆弱性、設定ミス、感染経路
人的要因: 操作ミス、教育不足
組織的要因: 体制不備、プロセス不足
原因を特定後、再発防止策(ツール導入、設定見直し、教育強化など)を計画・実施します。
報告書作成と経験の共有
経営層や関係機関への報告書作成に、技術的な正確情報を提供します。また、対応の振り返り(KPTなど)を行い、教訓やスキル不足を認識して次に備えましょう。
日頃からの備えと心構え
インシデント対応計画を確認
組織の「インシデント対応計画(IRP)」や報告ルート、各部署の役割などを事前に理解しておきましょう。
緊急連絡体制の把握
誰に連絡すべきか、その連絡先を確認し、すぐにアクセスできるようにしておきましょう。
ログの重要性を意識
担当システムのログが適切に出力・保管されているか確認し、通常時のログ状態を把握しておきましょう。
冷静さを保つ心構え
「インシデントは起こり得るもの」と認識し、完璧を目指すより「手順に沿った着実な対応」を意識しましょう。困ったら一人で悩まず、助けを求めることも大切です。
よくある疑問・注意点(Q&A)
Q1: 初めてインシデント対応に関わる場合、何を優先すべきですか?
A: 最優先は「報告・連絡・相談」です。一人で抱え込まず速やかに報告し、指示があるまでは原則として現状維持(証拠保全)を心がけましょう。不安点は遠慮なく質問してください。
Q2: 「セキュリティインシデントかどうか」の判断に迷ったらどうすべきですか?
A: 迷ったら、セキュリティインシデントとして報告しましょう。早期報告で対応の幅が広がり、結果的に大事に至らなくても問題ありません。逆に報告遅れは被害拡大リスクを高めます。
Q3: 個人端末(BYOD)でインシデントが発生した場合も報告すべきですか?
A: はい、業務データにアクセスできる端末なら必ず報告してください。特にVPNや社内システムアクセス権のある端末は会社全体のセキュリティに影響します。
Q4: インシデント対応訓練は必要ですか?
A: 非常に有効です。実際のインシデント発生時に冷静対応するには事前経験が役立ちます。机上演習からシステム使用の模擬訓練まで定期実施で、対応手順の問題点を発見・改善できます。
今日から実践!
インシデント対応チェックリスト
事前準備
組織のインシデント対応計画(IRP)の内容を理解している
報告ルート(誰に、どうやって連絡するか)を把握している
緊急連絡先リストを確認し、すぐにアクセスできるようにしている
担当システムの通常の状態(ログパターン、動作特性など)を把握している
基本的なインシデント対応の流れを理解している
インシデント発生時の初動
冷静に状況を観察・記録する
定められたルートで速やかに報告する
5W1Hを意識した客観的な情報を伝える
むやみにシステムの状態を変更しない(証拠保全)
指示があるまで勝手な対応は行わない
行った操作は全て記録に残す
情報収集・分析
ログやシステムの状態を読み取り専用で確認する
影響範囲(システム、データ、ユーザー)を特定する
時系列に沿って事象を整理する
技術的な調査結果をわかりやすく共有する
判断材料となる情報を積極的に提供する
インシデント収束後
原因究明と再発防止策の検討に参加する
対応プロセスの振り返り(KPTなど)を行う
報告書作成に必要な技術情報を提供する
得られた教訓をチーム内で共有する
不足していた知識・スキルを学習する
まとめ:インシデント発生時にエンジニアが取るべき行動の基本
セキュリティインシデントは、どんな組織やシステムでも発生しうるリスクです。エンジニアが果たす役割は非常に重要です。
基本的な行動として、以下を心がけましょう:
落ち着いて状況確認: 冷静に情報を整理する
迅速な報告: 定められたルートで速やかに報告
証拠保全: システム状態を不用意に変更しない
状況把握と分析: ログなどから影響範囲や原因を探る
チーム対応: 指示に基づき、封じ込め・根絶・復旧に協力
NG行動回避: パニック、証拠破壊、勝手な判断、憶測情報の発信は禁物
事後対応: 原因究明と再発防止、経験の共有
インシデント対応に「完璧な正解」はありませんが、基本ステップと原則を知っておくことで、いざという時に適切な行動がとれます。日頃からセキュリティ意識を高め、備えておくことが、インシデント発生そのものを防ぐことにも繋がります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。